東京地方裁判所 昭和60年(モ)14264号 決定 1986年1月14日
申立人 日本道路公団
右代表者総裁 高橋国一郎
右訴訟代理人弁護士 神田昭二
同 真田文人
相手方 甲野太郎
主文
本件を岡山地方裁判所新見支部に移送する。
理由
一 申立人は、「本件を第一次的に広島地方裁判所に、第二次的に岡山地方裁判所新見支部に移送する。」との決定を求め、その理由として次のとおり申述した。
1 本件訴訟は、高速自動車国道中国縦貫自動車道(以下「中国自動車道」という。)における新見・東城各インターチェンジ間の岡山県阿哲郡哲西町大字矢田において相手方運転の自動車が先行する自動車に追突した交通事故(以下「本件事故」という。)について、相手方が、本件道路の管理者である申立人に対し、本件事故は申立人の道路管理の瑕疵に基因して発生したものであるとして損害賠償を請求する事件であるところ、本件事故現場付近の道路の維持、修繕改良、災害復旧その他の管理に関する事務等は日本道路公団組織規程に則り、広島市安佐南区緑井二丁目二六番一号所在の申立人の広島管理局が統括しているものである。したがって、本件訴訟は、申立人の住所地(民事訴訟法二条)を管轄する東京地方裁判所、不法行為地(同法一五条)を管轄する岡山地方裁判所新見支部並びに事務所所在地(同法九条)を管轄する広島地方裁判所の各管轄に属する。
2 ところで、本件訴訟の中心的争点は、スイーパーが路面清掃の際巻き起こす粉じんによってその姿が埋没していたことによって本件事故が発生したか否かの点にあるところ、申立人は、その立証のため、本件事故現場の検証の申請をするほか、証人として本件事故当事者である黒田弘子(姫路市居住)、同山田和義(鳥取市居住)、当該スイーパーの運転手金谷隆重(新見市居住)、同助手山口鉄也(同市居住)、日本道路公団広島管理局新見管理事務所助役長岡正健(同市居住)、同当時助役山本延雄(津山市居住)、本件事故処理にあたった同管理事務所交通管理副隊長滝本忠義(倉敷市居住)、同交通管理隊員水田為久(新見市居住)並びに本件事故の実況見分を実施した当時岡山県警察本部交通部高速道路交通警察隊新見分駐隊所属分駐隊長林昭義(岡山市居住)及び同小隊長小谷暁生(新見市居住)の両警察官等の尋問を申請し、又は申請する予定である。
3 したがって、東京地方裁判所において本件訴訟が審理される場合には、証人の旅費、日当、検証等の訴訟費用に莫大な費用を要するほか、遠隔地の証人等の出頭率の悪化による訴訟遅延を来たすおそれも多分にあるので、本件を広島地方裁判所又は岡山地方裁判所新見支部に移送するのが相当である。
二 相手方は、「本件移送申立をいずれも却下する。」との決定を求め、その理由として次のとおり申述した。
1 本件訴訟は、申立人主張のとおり、各裁判所の管轄が競合する場合にあたる。
2 本件訴訟において、申立人が証人として申請しているところの黒田弘子及び山田和義は、申立人主張のとおり姫路市及び鳥取市に各居住しているものであるが、右両名とも東京地方裁判所における証人尋問への出頭を快諾しており、出頭率の悪化による訴訟遅延のおそれはなく、その他の証人の大部分は申立人である日本道路公団の職員であり、職務としての出張扱いとして出頭させるべきで、その負担は、弁論期日ごと遠隔地の裁判所に出頭することになる相手方の著しい負担に比べれば取るに足りないものであるし、実況見分を実施した警察官である林昭義及び小谷暁生の両名は公務員であって裁判所からの証人喚問には当然応ずるものとみられるから出頭率の悪化等を問題にする余地はない。
3 また、現場検証については、当面は実況見分調書の証拠調べで足り、訴訟の推移により現場検証が必要となった際の実施についても特に訴訟遅延を招くものではない。
4 したがって、本件訴訟を東京地方裁判所において審理する場合、著しい損害あるいは訴訟遅滞が生ずべき特段の事情の存在は認められないから、本件訴訟は東京地方裁判所において審理するのが相当である。
三 よって、申立人の本件移送申立の当否について判断する。
本件訴訟については、東京地方裁判所、広島地方裁判所及び岡山地方裁判所新見支部に管轄が競合して存在する場合にあたるものとみられるところ(なお、本件記録によれば、本件訴訟は、相手方が申立人の安全配慮義務違反という契約上の義務違反の結果によって被った損害の賠償を請求するというにあり、その請求原因として主張するところは、要するに、申立人が中国自動車道を走行するドライバーに対し何の警告もなく、しかもスイーパーの巻きあげる粉じんによってドライバーの視界がゼロになるような方法で道路の清掃を行うなど有料で高速道路を利用するドライバーに対する安全配慮義務に違反したものであるというにあるというべきところ、右主張は、法的観点を変えてみれば申立人の中国自動車道の管理の瑕疵ないし道路清掃上の過失をも主張するものと構成することも可能であり、本件紛争の実態は右不法行為に関する訴えと異なるところはないというべきであるから、本件訴訟の管轄については、起訴の便宜と証拠の蒐集の利便という観点から設けられた民事訴訟法一五条を類推適用することができるものと解するのが相当であるというべくしたがって、相手方が申立人に安全配慮義務違反があったとする地を管轄する岡山地方裁判所新見支部にも管轄を認めることができる。)、まず申立人申請にかかる証人らの尋問の必要性等についてみるに、本件記録によれば、本件事故についての相手方に対する業務上過失傷害被疑事件については不起訴処分となった関係上、送付嘱託によって検察庁から送付を受けた書類は実況見分調書(二通)のみであり、それには現場道路の状況、事故車両の状況等の記載があるほか黒田弘子及び山田和義並びに相手方本人の指示説明が記載されているが、関係者等の供述調書は一切存在しないため、本件事故現場の状況及び事故の態様等本件訴訟において争点となる事項についての証拠として十分とは認められないから、本件訴訟において申立人申請の証人全員を尋問する必要性があるとまではいえないとしても、前掲証人中、事故当事者、スイーパーの清掃作業者及び本件事故処理関係者等を尋問する必要性は高いものと判断されるところ、申立人の職員ら及び警察官については出頭の確保の点について特に懸念すべき事情はないものの、事故当事者たる黒田弘子及び山田和義の両名については、その居住地が姫路市及び鳥取市であることに照らすと、出頭の確保の点につき不安がないとはいえず、両名が確実に出頭するものと認めるに足りる資料もないうえ、遠隔地から出頭することになれば、多額の費用と相当な日子を要することにもなりかねない。また、本件事故現場の検証の必要性についてみるに、本件訴訟の中心的争点と認められるスイーパーが路面清掃の際巻き起こす粉じんによってその姿が埋没して本件事故が発生したか否か及びそのスイーパーによる路面清掃作業の実施に不手際があったか否か等については、前記実況見分調書のみでは到底正確に認識、判断することができないというべきであるから、現段階においては本件事故現場を検証する必要性が極めて高いものと認められ、東京地方裁判所において検証を実施するとすれば、当事者に相当多額の費用の負担を強いることになり、更に裁判所が遠隔地に赴くことになれば、時間と手数を要し、負担を加重することになる。
したがって、本件訴訟を東京地方裁判所において審理すれば、本件訴訟の証拠調手続等において、著しい損害及び訴訟の遅滞を招来するおそれがあるものと認められ、他方、本件記録上本件訴訟を東京地方裁判所ないし広島地方裁判所において審理しなければならないほどの特段の事情は認められないから、本件事故現場及び前掲各証人の居住地の地理的関係を考慮すると、本件訴訟を岡山地方裁判所新見支部で審理する方がより合理的で訴訟の迅速、経済に適うものと認められる。
なお、本件訴訟は、東京簡易裁判所から民事訴訟法三一条の二に基づく移送決定により、当裁判所に移送されたものであるが、同法三二条二項のもとでも、別個の事由によって再移送することは妨げられないと解されるから、当裁判所としては、同法三一条により本件を更に岡山地方裁判所新見支部に移送することが許されるものというべきである。
よって、申立人の第二次的な移送の申立を正当と認めて本件を岡山地方裁判所新見支部に移送することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 塩崎勤 裁判官 小林和明 比佐和枝)